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April 23, 2006

パソコン暦

ちょくちょくお邪魔しているporaporaさんのところでPCの話題になったので
書き込もうと思ったが、いつもの悪い癖で超長文になりそうだったので、ぐっと
こらえ、こちらのほうに書くことにした。(それでもporaporaさんのところに
ながながと書いてしまいましたが・・・・・・(^^;; )

パソコンというよりもコンピュータと接するようになったのは、大学在中で
卒業論文のテーマで電子回路をコンピュータによる解析(今で言うシュミレーション)
で、使ったのが始まりです。当時は大型コンピュータでパンチカードに打った
プログラムをリーダーに通し、計算結果を出力されたのを後でとりに行く、
というもの。今では考えられないやり方だった。大型コンピュータといっても
CPUの能力は今のPDAくらかいか。
そういうマシンを工学部の多くの学生や院生が使うからJOB待ちという事態になる。
プログラムを読み込んでもすぐに実行されない。当時からタイムシュアリングは
していたが、せいぜい2-3本を同時処理する位だったと思う。
従って帰り際にプログラムを入れておいて、次の日結果を取りに行く
といったことよくやっていた。しかしプログラムにはバグ(間違い)がつきもので
むしろ一発でバグなしのプログラムなんてありえないのだが、翌朝結果を取りに
行って”SintaxError”(文法誤り)と出力された紙を持って帰るのは情けなかった。

一方ゼミの研究室には小型のコンピュータが置いてあった。アルタイアーBasicと
いうインタープリターが載っていて、こちらは好きなときにプログラムを入れて
試せるのだが、機能が低い。多分今の電卓のLSIよりも性能は低いとおもう。
(CPUは8008?・・・・一応8bit)
このときBasicとFortranをすこし憶えて一端のプログラマー気取りでいた。

このときに憶えたBasicは会社に入ってからも結構役にたった。1980年代前半に
マイコンブーム(当時はパソコンではなかった)がおこり、NECがPC6001
PC8001を日立がベシックマスターを出すなどして日本の各メーカがパーソナルに
使えるコンピュータを出し始めた。しかし価格は結構高く個人で購入するには
PC6001くらいしかなかった。これはほとんどゲーム機だった。会社の同僚が
PC8801MarkIIという機種を買ったが使い切れなかったため、安く譲り受けて使った
のがマイPCの始まりだったと思う。結構思い入れがあり、会社の同僚のご子息が
PCを触ってみたいということで譲るまでもっていた。その頃は全く使っていな
かったが・・・・。

半導体業界というコンピュータに近い環境も手伝って、すんなりと会社は最新の
PCを買ってくれた。しかしこの当時のコンピュータには今のようなすぐに使える
アプリケーションなどは皆無で、使うには自分でプログラムを組まなければなら
なかった。ゲームのプログラムは秋葉原や通信販売で手に入るのだが、仕事などで
使うには自分でプログラムを作るしかなかった。
当時かなりの人がこの時点で挫折していると思う。会社でもBasicを使える人は
殆どいなかったから、ほとんど専有させて貰っていた。
営業データの管理なんかのプログラムも作っていたので、部長や所長の要求する
データを出すためのプラグラム修正(追加)をする羽目にもなった。実際このためや
誤って消してしまったプログラムを作り直すのに徹夜をしたことも何回かある。

このとき作ったプログラムはEXCELのような表計算をさせるもので、今の
ようにスプレッドシートソフトが出てくるのは暫くしてからであった。この表計算
ソフトとワープロソフトがパーソナルなコンピュータの普及に大きな弾みとなった。
そして汎用OS”MS-Dos”の登場。それまでコンピュータごとに作られていた
OSが標準化され、このOSに合わせてコンピュータが作られるようになった。
この結果MS-Dos上で動くソフトはメーカー、機種が異なるコンピュータ上でも
使えるようになり、一気に便利になった。先の表計算、ワープロソフトもDos
バージョンが出てから一気にひろまって行った。しかしMS-Dosはキャラクター
インターフェースという、コマンドを入れてコンピュータを動かすため、この
コマンド名を憶えなければならない。実際には10種類ほどのコマンドを憶えれば
大体使えるのだが、結構面倒くさい。こちらはそのとき会社で扱っている開発ツールで
MS-Dosに似たOSで動作させる機器を触っており、またコマンド名も殆ど同じだった
のでDosのコマンドはすんなりと使えた。

そのようなところに登場してきたのがNECのPC9801だった。初めは5インチ
のFDDが2台。OSのブートはFDからだったが今のWindowsと違って軽いから
10数秒で立ち上がる。日立にもB16というマシンがあったので会社ではこちらを
使わざるを得なかった。この頃になるとPCの価格も20万から30万くらいで手に
入るようになり、個人でも持てるようになった。
(それでも高かったが、個人で家でPCを使える、という魅力は大きかったので、
無理をした!!)
この頃からPC-VANやNifty-Serveなどのパソコン通信が活発になりこちらにものめり
こんで行った。こちらのことは別アーティクルで。(やはり長くなるので・・・)

そしてあるときMacintoshに出会う。それまではAppleIとかAppleIIが出ていたが
CPU能力が低いためマウスを使ったGUI(グラフィック・ユーザー・インター
フェース)の良さを活かしきれてなかった。
MacintoshはCPUに16bitCPUの(MC68000)を使い高速、高機能化
された。このGUIの使いやすさから、DTP,デザイン向け市場で多く使われる
ようになった。今でもデザイン系ではMACが多用されているようである。
プレゼンなどの資料作りはMAC,データ管理などはMS-DOSマシンの両刀使いの
時代が暫く続いた。

この頃のMACとてつもなく高価で個人で買うには何年かのローンにするしかない。
でも、結構持っている人がいた。(ローンの借金を自慢しながら・・・・)
こちらは借金までしてPCを買うのは嫌だから、適当な理由を作って会社に導入した。
このころはキャノン販売がMACを扱っており、会社への何台か導入したのと何人かは
個人で買っているのがいて、キャノン販売の”お得意さん”になっていた。
キャノンフェアーが品川プリンスで催された時、招待状が来たのでいったら、プリンス
の美味しいお菓子のお土産など結構待遇が良かったので驚いた。

暫くして会社で一人一人にPCが配られて、メールを使っての仕事が始まりだした。
初めて会社に導入した時はMS-Dos+Win3.1だった。Win95が導入されたのは暫くしてから。
Win95は出荷当初不安定だったので、個人的にも使いだしたのは少し経ってからでした。
その後、Win98、win2000、WinXPへ続く。マシンはノートPCはメーカの物だが、ディスク
トップは殆ど組立ててる。CPUはもっぱらAMD派。K6、K6-2、Athlonを
経て今はAthlon64が動いている。Athlon機もLinux機としてまだ健在です。
K6と一番初めの486はマザーボードの姿で箱に入っている。K6-2マシンは
埼玉の友人の所へ嫁に出しました。(さすがにもう動いていないだろうけど・・・・)

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April 10, 2006

裁判員制度2

昨日裁判員制度をテーマにした演劇を見てきました。これまで舞台や
映画などは70-80%の確立で睡眠の誘惑に負けていたのですが
今回は初めから終わりまでしっかりと見て、各人の科白にまで注目して
いました。
演劇の内容は在日韓国人の女性が日本人と結婚したが、夫が仕事中に
怪我をしてそれがもとで仕事が出来なくなり、代わりに妻が韓国人クラブの
ホステスをやって家計を支えていたが、夫は徐々に酒に溺れて行き、
妻に暴力を働くようになった。ある日妻が仕事から帰ってきた午前2時頃
妻がりんごを剥いている時、夫が酔って妻に暴力をふるい、殴りかかって
きて、妻は咄嗟に避けようとした時、誤って持っていた果物ナイフで夫の
腹部を刺してしまい、救急車で病院に運ばれたが夫は病院で亡くなった。

裁判は妻に殺意が有ったか、無かったか?がポイントで、傷害致死か
過失致死かを裁判員は判断を下さなければならない。場面は裁判員と裁判官が
会する室から始まり、実際の裁判の場面を経て裁判員と裁判官の部屋へ
戻り、ここで判決を出すための審議が行われる。この場面が今回の演劇の
ヤマであり、各裁判員のいろんな人間模様が現れる。実際一人の人間の
運命を左右する結論を出すわけだから、普通の人間はそんな重要な決断を
下した経験もないし、心の区切りもついてない。また、裁判員の年齢差や
性別による考え方、見方の違い(今回は男性2人女性4人の裁判員と男性
2人女性1人の裁判官の構成)など現実さながらの場面である。

自分なんかは裁判の場面からして、明らかに過失致死であり、検察側は
被告に殺意があった傷害致死にしたいだけの職務的に抗告していると
見ていた。が、裁判員の意見は傷害と過失とで3:3に意見が分かれて
いた。そしてそれぞれの理由を述べる場面で気付かされることがあった。

これまで「憲法76条3項」の「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立して
その職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」という文言から
裁判は「良心」をもって判断することが重要、とこの「良心」と性善説とが
混乱しているような気がする。

もし、実際に自分が裁判員に選ばれたらどうなるのだろう?今回の人達の
ようにしっかりと意見が言えるのか?いろんな角度からの考え方が出来る
のか?などなど不安に思うことが多く感じた。

平成21年からスタートする裁判員制度は有罪か無罪の評決。有罪の場合の
刑量まで評決する。(海外の陪審員は有罪、無罪の評決のみ)
通常の選挙権のある人は全て裁判員候補になり、拒否することはできない。
特に難解な知識を必要ということではないが、実際にどのように進められる
のか?など多少裁判に関することを知っておいた方がいいのかもしれない。
ホームページ見てみるとPRのビデオなどが出されているらしい。

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